ペットロス 乗り越えられない


13年7ヶ月23日を精一杯生きた愛犬が旅立ち、まず襲ってきた感情は強い後悔と詫びだった。  




喪失感~はじめてのペットロス、後悔の後



彼女の介護のために費やしていた時間は手持ちぶさたとなり、トトちゃんがいないことを思い知らせた。このつらさを「喪失感」と呼ぶのだと思い知った。

後悔と詫びのあとに続く「喪失感」は心をえぐり取られるような痛みだった。あれから4か月の時が経って悲しみそのものは癒えてきたけれど、空席の寂しさは今後もずっと続いていくんだろう。



持て余す時間がさみしさを増幅させる



トトちゃんが亡くなった2日後には、父犬ハムが“うつ状態”と診断され、同日にトトの娘犬のうちの1匹であるブルーの右前足に関節痛が発症した。トトを失った痛みを味わっているのは、わたしだけではなかった。

ハムの心とブルーの足のケアという新しい役目ができたのは、今思うととても良いことだった。持て余す時間が1分でも減るのは救いでしかなかった。



トトちゃんを含むチワワ4匹の多頭飼いという現実は「あと3匹も見送らなければならないなんて耐えられない」という弱音を「3匹がいてくれて良かった…」とほんの少し前向きにしてくれた。

気のせいかもしれないけれど、ペットロス…いわゆる喪失感が長引かぬようにトトちゃんが仕向けてくれたような気さえする。

「私のことで泣き暮れず、ほかのコをちゃんと見て!」

と、涙でゆがんだ視界をクリアに戻してくれたのではないかしら、なんて思ったりもした。



ペットロス~大好きなあの子がいないということ



わたしを最も悲しくさせている直接的理由はなんだろう? と考えた。答えは案外すぐに見つかった。

「トトちゃんの姿が見えないこと」

当時のわたしにとってこのことが最も苦しいことだった。
廊下を挟んでキッチンと犬たち専用の「通称チビ部屋」は真向かいに在った。キッチンに立つとトトちゃんの様子が隅々まで見えるように、彼女のベッドを置いた。1日に何十回と立つキッチンの向かいにいつも彼女は居た。

それなのに彼女がいない。
そのことに耐えられなかった。

ペットロスに打ちひしがれる飼い主さんたちのブログやツイッターを見ると「写真整理なんてとてもじゃないけどできない」「写真を見ることさえつらい」と書かれている人がとても多かった。その気持ちは痛いほどわかる。

ただ、当時のわたしはそれよりも、彼女がいないことの方が耐えられなかった。

どこを探してもトトがいない。エアコンが必要なほどではないけれど快適とはいいがたい…と、彼女が涼をとる際に潜り込んで眠っていたソファの下やベッドの下をどれだけ覗いてみても、トトちゃんはいなかった。その現実に耐えられる自信がなかった。

ペットロス 乗り越えた (3)




写真が教えてくれたこと~ペットロス・喪失感と向き合う覚悟



トトが旅立って数日後のわたしの誕生日、一生忘れることのない「自分へのプレゼント」として、欲しいままに、スマホやデジカメで撮った彼女の写真をFUJIFILMのオンラインプリントサービスで現像依頼に出した。



コンビニや自宅のプリンターでも今時は(ある程度)綺麗に写真をプリントすることは可能だ。だけど、こんな時くらいはきちんとこだわってみたかった。それが“思い”のあらわれだとすら思った。

トトちゃんへの愛情は、多頭飼いの我が家の末っ子のぴーちゃんに比べて少なかったかもしれない。写真だってほかのコを写した枚数より少ないかもしれない。

「えこひいき」していた、かもしれない。
トトちゃんをさみしくさせていたかもしれない。

――杞憂に過ぎなかった。フォルダの中には選びきれないほどのトトが居た。トトの隣りにはハム君かブルーが身を寄せていることが多かったから、トト単体の写真がわずかに少ないだけだった。

ああ、わたしはちゃんとトトを愛せていた。

やっと…やっと、トトちゃんの死を受け入れられるかもしれないと思った。



フジフイルムプリントで「大好きなあの子」をいつもそばに



新たに購入する予定のいくつものフォトフレームの大きさや形に合わせて頼んだ、FUJIFILMのオンラインプリントサービス。待ちに待った写真が届いて驚いた。

あらゆる写真を申し込んだつもりでいたのに、実際には7種類ほどの写真を、大小さまざま、正方形だったり長方形だったりモノクロだったりとアレンジをかえて頼んでいた。かぶりにかぶり、かぶりすぎ。

まったく同じトトちゃんが5枚も10枚も大きさや形違いで手のひらの上に乗っているのはなんだか妙に笑えてきた。「可愛いから、まぁいいか」。

ペットロス 乗り越えた (1)
ペットロス 乗り越えた (2)


家じゅうのあちらこちらにトトちゃんは今も居る。
廊下の壁、寝室のドレッサーの上、チビ部屋の壁にテーブルの上。

このパソコンの真向かいの壁。
キッチン、お手洗い前、仕事部屋の壁。

アレクサやパソコンの待ち受け画面。
Fire TV Stickのスクリーンセーバー。

どこを見てもトトちゃんがいるようにした。柔らかな毛には触れられないけど、においを嗅ぐことはもう出来ないけれど、トトはここに居た――。

夜中、お手洗いに起きて…暗闇の中で“壁に飾った大きなトトちゃん”と目が合ってしまい、4回ばかしビクッとしたのはここだけのヒミツ。


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