死の予兆は、とつぜんやってきました――。
2020年7月6日、朝5時12分
通称「チビ部屋」と呼ばれる犬たち専用の部屋にトトちゃんは1匹で寝起きしていました。この日もいつもと同じように朝がやってきて、いつもと同じようにチビ部屋を覗き、いつもと同じように声をかけました。
「トトちゃん、おはよう」
わたしの声なんてまるで聞こえていない様子で、ただじっと祖母の写真をゆるんだ表情で見つめていました。それはまるで、亡き祖母とトトが声ならぬ声で話しているようにも見えました。
エサの準備をしながら、アレクサに「チビ部屋」の様子を映しだしてもらいました。監視カメラはトトちゃんが意思を持ってからだの向きを真後ろにかえて、うなづくようにゆらゆらと頭を動かしながら、壁に対している様をとらえていました。
わたしの脈が速くなりました。
唇の中が乾いていきました。
ことぶき│superbetterdogs.owner@SBD_KOTOBUKI
生前のトトちゃん、7月6日早朝。
2020/08/17 03:39:39
壁をむいて、ドア裏と天井の隙間を見つめて、壁に飾った亡き祖母(人間)の写真をずーっと見つめてゆらゆら。
名前を呼んでもこのときだけ、反応が薄かった。
「おばあちゃん、そこにいるなら1週間待っ… https://t.co/NkxzUiKtAA
どうしてなのか分からないけれど「このトトをのこしておかなければならない」そんな気がして、カメラを彼女に向けて何度も名を呼びました。
「トトちゃん!」
「トトちゃん!!」
後半はもう叫んでいたかもしれません。やっとのことでトトちゃんが呼びかけに反応した時には、あふれ出そうになる涙をこらえることに必死でした。
「おばあちゃん、そこにいるの?」
「トトちゃんを連れて行こうとしてるの?!」
「待って! 待って! 今連れていかれてしまったらわたしは一生後悔する! 1週間でいい…1週間でいいから時間をください!!!」
わたしの目には見えないけれど、祖母がもしもそこにいるのなら…トトちゃんと交信をしているのなら…1週間だけ時間をください。これ以上はわがままは言わないからどうかどうかお願いします――。
まだまだ一緒に生きていくつもりで買ったばかりの、新生児用紙おむつには尻尾を出すための切込みを入れたところでした。コストコの赤ちゃん用おしりふきも1ケース買ったばかりでした。床擦れ予防のマットの小さなサイズも買い足したところでした。
この先も来年も…昨日とかわることなく、朝起きてから夜眠りにつくまで愛しい思いで介護をしていく腹積もりでいました。ほんの時々、「彼氏をつくる暇もないわね」なんて笑ったりもしたけれど、それはつかの間のブラックジョークでした。
7月7日、8日、とくに変わった様子はありませんでした。
7月9日の夕方頃からすこしずつ、トトを静けさがつつみ始めました。
7月10日、上体を起こすこともできなくなったトトをそうっと、動物病院につれていきました。
7月13日朝
7月13日の朝、もう一度、動物病院をたずねる予定でした。
けれど朝の7時頃には全身で大きく息をするようになっていて、病院に連れていくためにトトちゃんを動かすことはしてはいけないと、「逝かないでほしい」と泣き叫びたくなっているわたしの裏側にいる冷静なわたしが判断をくだしました。
トトは、この家から送り出す――。
獣医さんに連絡を入れたあとは、ずっとそばについてからだや頭を撫でて思い出話を聞かせました。呼吸は荒くなったり、全身であえぐように息をしたり、弱弱しくなったり、ときおり、正常になったりを繰り返していました。
要介護になってからのトトちゃんは、お腹が空いた時や喉が渇いた時に子猫のような愛らしい声で鳴きました。
落ち着きなく入れ替わる呼吸のあいだに、何度も可愛く、弱弱しく鳴きました。そのたびにホワイトボードに時刻と、“何本”飲んだか、なにを食べたかを記録しました。
シリンジで飲む「経口補水液0S-1」は、トトちゃんのラスト1週間の命を支えてくれました。来る酷暑に備えて買っていたOS-1は、トトちゃんがさいごのさいごまで欲した飲み物でした。
7月13日の15時過ぎ、トトの生が終わりを迎える準備に入ったのがわかりました。「いかないで! いかないでよ! トトちゃん、いかないでよ!」大きな声をあげて泣き叫んだからでしょうか。
本当に、ふっと息を吹き返したのがわかりました。
7月14日朝6時46分
わたしの腕の中でトトちゃんが旅立ち、13歳と7ヶ月23日の生涯を終えました。姿こそ見えないけれど約束通り「1週間待ってくれた」亡き祖母がすぐそばにいるように思えて、ありがとう。おかげでちゃんと見送れたよ――と言った気がします。
泣いても泣いても泣いても泣いても涙が止まらず、わたしはこのまま壊れていくのだろうと思いました。でも、それもいいなと。
耳を彼女の横顔に近づければ、かぼそい生の音が聞こえるのじゃないかとやってみたけれど、やわらかな毛が頬に触れるだけでそれ以外にはなにもありませんでした。
彼女が息を引き取った日は、わたしの誕生日の数日前で、彼女の生涯のパートナーであるハム君の誕生日の2週間前。もしも一緒にお祝いをしていたなら…思い出が1つ、2つと増えてさらにつらい気持ちにさせてしまうだろうという、トトちゃんの配慮かもしれないと思うと張り裂けそうに胸が痛むから「たまたま」だと思い込むようにしました。
幸か不幸か、ヘルニアからの麻痺で後ろ足が立たなくなった愛犬トトちゃんが転倒しないように、危ない目に遭わないようにと設置した2台の監視カメラのうち1台に、泣き叫ぶわたしと、わたしの腕の中で息を引き取ったトトがいつになくやけに鮮明に映っていました――。
いかないでと声に出したのは、3回。
「ありがとう」は数えきれないくらい。
カメラは残酷にもすべてをありのままにとらえて、遺していました。