
複数飼いをしている飼い主さんになら、この意味がわかってもらえるかもしれないのだけど――
2006年以降のわたしの家には常に4匹のチワワがいた。
同じように育てているのに、同じ"お腹から"うまれてきたのに、性格に違いが見られたりして不思議なものだなといつも思っていた。
とはいえもれなく全匹が可愛くて平等に大切だ。
ただ、その中でも抜きんでて「特別愛しいコ」がいた。
わたしにとってそれがぴーちゃんだった。
彼女は母乳を飲むのが下手で、お腹の中でともに育った他の2匹にいつも後れをとっていた。
だから2~3時間ごとに起きてシリンジや哺乳瓶でミルクをつくり与えた。あたたかいお湯にひたしたガーゼでお尻をやさしく刺激して排泄を促すことも忘れなかった。

開ききっていない耳に向かって何度も名前を呼ぶ。
灰色と藍色の入り混じったような膜の張る瞳に向かって何度も笑いかける。
灰色と藍色の入り混じったような膜の張る瞳に向かって何度も笑いかける。
聞こえていなくてもいい。
見えていなくても構わない。
わたしの手のなかでもがく小さな命は「愛」だった。
見えていなくても構わない。
わたしの手のなかでもがく小さな命は「愛」だった。
手塩にかけて育てたぴーちゃんは、離乳食が離れてからの12年。わたしに面倒をかけることが一度もなかった。
そこからの2年はなにかと病気に見舞われたけれど、とにかく12年間のあいだは一度も彼女を叱ったことがない。イタズラはしないしわがままも言わない。吠えない噛まない、人が好き。犬が好き。
父犬のハム君や姉犬のブルーのように「かまって! 撫でて! もっと遊んで!」と"犬らしいこと"もしない。
いつも少し離れた場所からわたしの動きをじっと見て、わたしの手が空いた隙を見つけてととと…と寄ってきて、しずかに傍にいる。

彼女のタイミング把握力はあまりに高かった。
わたしがなにを嫌がりなにを好むかのすべてをわかっていた。
きっと彼女とわたしは過去に何度も「仲良し」だったのだと思う。
永遠に一緒にいられないことはわかっていたけど、あと7年くらいは一緒にいたい…いてほしい。19歳まで生きてほしい、生きられるんじゃないかな…。
チワワの19歳は人間なら92歳に相応する。
どの世界にもご長寿さんはいる。
彼女が12歳と3か月がすぎたあたりで、角膜潰瘍・角膜の外傷・解離性角膜炎で通院することになった。だから余計に願ったんだと思う。
20歳までというのはキリがよすぎる。でも19歳までなら、神様も願いを叶えてくれやすいんじゃないかな。19歳まで、あと7年、一緒にいられますようにって。
(つづく)